三福海苔[有明海苔の最高峰]

- Saga-chity, Saga

朝食の後は、中里隆さん率いる唐津の名窯「隆太窯」を訪ね、品格のある唐津焼の数々に触れ、心洗われるひとときを過ごした。続いて寿司処「つく田」で至福の昼を終え、一路、有明海に面する川副町にある、三福海苔へと向かった。
有明海が海苔の名産地であることはよく知られるところだが、最上等の海苔を作っているメーカーがどこなのかというとは、なかなかわからない。そこで、海苔のことなら寿司屋に聞けと、「つく田」さんに相談。「三福海苔」を教えてもらった。「つく田」で最後に出される味噌汁が、これまた抜群に香り高い。「三福海苔」の香味干が一面に散らしてあるのだ。「つく田」さんとは長い付き合いというわけで、どうやら佐賀県は美味しいものが美味しいものを呼ぶ土地のようだ。
さて、有明海へと車をとばしながら、「ところで海苔ってどうやって作られるのかしら?」到着してからのお楽しみだ。

日本人を支えた海苔の歴史

海苔網を張るための支柱を立てたところ。写真上は、有明海の朝焼けに照らされた一面の海苔ヒビ。

日本人と海苔の関わりは実に古い。最古の記述は、奈良時代初期に編纂された「常陸風土記」。霞ヶ浦の浜辺で海苔を干しているのどかな風景が描写されている。また、古くから税金の一部を海苔で支払ったり、神々への供え物に海藻や海苔が義務付けられていたなど、海苔は、日本人の生活とは切っても切れないものだった。
しかし、中世までは海苔は天然自生に頼るのみの超貴重品。江戸時代に入り、ようやく生産量が増え、庶民にも手の届く食べ物になっていった。その生産量の増加には、徳川家康が、未開の地・江戸に幕府を定めたことに起因するというのだから、歴史の偶然は面白い。
健啖家の家康は、品川の漁民に、毎日将軍家に魚を献上するように命じた。そのため漁民は時化に備えて沖合に生簀を作った。竹の枝で囲っただけの簡素なものであったが、その枝竹に海苔が繁茂することを発見し、海苔の養殖が始まったのだ。
ところがそれから数百年、昭和の初めまで、設備の拡充は進んでも、養殖の原理という意味では進歩がなかったというのだから、これまた驚きだ。つまり漁民は、春先に海苔を収穫したあとの成体から海中に放出された胞子が、秋になって自然に支柱につくのを待つのみ。だから、収穫量はまったく安定しなかった。「海苔作りって大変だったんですねえ」と、トモさんもしんみり。

上左:ビーズのようにつなげた牡蠣殻。通常牡蠣殻は白いが、黒くカビのようになっている斑点のようなものが海苔の胞子。上右:牡蠣殻を洗浄しながら健全な胞子だけを育てる。下左:海苔胞子をつけた牡蠣殻を海水の中に入れて、育てる。下右:数万個の牡蠣殻の中で海苔胞子が育っている。海水は、定期的に入れ替える。

英国人女性の画期的な発見

ところが、戦後まもなく、海藻の研究を通じて交流のあったイギリスのドリュー女史から、夏の間の胞子は、牡蠣殻に付着して成長することがわかったという手紙が届いた。大発見だった。こうして、牡蠣殻の中で胞子を育てる養殖の手法が完成し、今に至る。
三福海苔の川原社長にまず案内された先が、海苔胞子の養殖場だ。牡蠣の殻がまるでビーズのように吊るされている。この1枚1枚に、胞子を植えていくのである。「こんなきれいな牡蠣殻の中で海苔の苗が育てられるんですね。世の中知らないことだらけです」とトモさんも目を丸くする。

海苔作りの流れ

春に種を蒔いた植物が夏に向けて育ち、実を結ぶのとは逆に、海苔は、海水の温度が下がるに連れて、海の中で育っていく。

左:1本1本、海苔網をはる支柱を、海中に立てていく。右:胞子が育った牡蠣殻を1~2個ずつ、らっかさんという袋に入れて、網にぶら下げる。

1.採苗

夏の間に牡蠣殻の中で育った海苔の胞子は、水温が23℃以下になると、殻から外に飛び出す性質を持っている。ゆえに、その頃を見計らって胞子を海に入れる、「採苗」という作業が行われる。いわば、田植えのようなものだ。
海のなかには何本もの支柱が固定されている。例年10月、水温が23℃台で海の状態が良い日にまず、海苔網を30枚重ね、支柱に固定する。そして、胞子がたくさんついた牡蠣殻をらっかさんと呼ばれる袋に、1~2個ずつ入れて海苔網の下にぶら下げる。すると、ほどなく胞子が飛び出して網に付着する。

らっかさんを外した後に、網を転開し、網に付着した汚れの洗浄と強い胞子だけを育てていくための作業を繰り返していきます。

2.網の洗浄と展開作業

2~3日で胞子が網に付着したタイミングを見計らって、らっかさんを取り外す。海苔の成長に合わせて網を30枚から15枚、5枚、そして1枚へと展開作業を繰り返しながら、漁場全体に網を広げていく。
その後、胞子は葉体へと成長し、葉体からもまた胞子を出しながら、成長を続ける。その間漁民は、網の洗浄や、潮の干満とともに、網の高さを上下させて海苔を陽に当てるなどの管理をする。

3.網を1枚張りにし、半量を冷凍する

採苗から20日たったころ、網を一枚張りする。規則正しく海苔網が並んださまは、有明海が巨大な海苔畑になったようだ。その後、海苔が3~5cmほどに成長した段階で冬海苔用として約半分量の網をマイナス20~30℃の冷凍倉庫で保存し、秋海苔の収穫終了後の12月下旬~1月初旬に再度海に戻し育てていくことで二期作となる。佐賀県では、冷凍保存技術が確立し、1968年頃から二期作が実現し、安定した収穫ができるようになった。

網を1枚張りにして、等間隔にはったところ。
海苔の成長の最終段階。
左:採取直前まで成長した海苔。この後、初摘みとなる。右:海苔網の間を小型の船で移動しながら、海苔を採取していく。

4.海苔の収穫

秋芽のほうは30日ほどたって15cm前後までに成長したら、11月中旬から第一回目の摘み取りが始まる。この初摘みが、最も香り高く上等な海苔となる。2回、3回、4回と順に摘んで、撤収。
その後、冷凍網を海に戻して同様に育て、1月初旬に冬海苔の初摘みが行われる。秋海苔が香りが命なのに対し、冬海苔は水温が冷たく、じっくり育つので甘みが豊かなのが特徴だ。この冬海苔は3月上旬まで7~8回摘まれる。コンビニのおにぎりとなれば4~5回摘みだとか。

上左:海苔を機械でミンチにかけ、細かくする。上右:ンチにかけ、水を加えた海苔のもとを型に流し込んで乾燥させる。トモさんの後ろにある枠一つずつに流し込んでいく。中左:海苔を焼き上げ、タレをつける。中右:タレをつけたあと、乾燥窯で乾燥させ、味付け海苔が出来上がる。下:生産者が作った板海苔を、さらに乾燥させる火入れ機。

5.採取から成形、乾燥まで

海苔の製造工程の大まかな流れは、採取したのち洗浄し、細かくミンチにかけ、和紙のように漉き、型に入れて乾燥させる、というもの。しかし、生から板海苔までを仕上げるのは海苔漁家の仕事、漁家から板海苔を買い付けて商品化するのが海苔メーカーの仕事と、2段階に別れているのが複雑な点だ。
そこで、海苔漁家の川崎賢朗さんの板海苔加工場では、採取したあとの工程を、三福海苔の工場では、板海苔を買い付けてから商品になるまでの工程を、川原さんに説明してもらった。
"海苔を摘む" といっても、かごに摘んでいくというような作業を想像していたら大間違い。船から直接ポンプで500m先の工場へ送られるというのだから、スケールが違う。そして工場では、海水を半分入れた攪拌機の中に海苔を入れて、鮮度を保つ。攪拌機1個分(約3m×3m)で約3万枚分の海苔ができるそうだ。
板海苔にするには、異物を取り除いた後に細かくミンチにし、その後洗浄し、調合器で水を加え、ほどよい濃度に調整して型に流しこむ。この型の大きさが、海苔の1枚分である、19cm×21cmに相当する。このサイズは、江戸時代の浅草紙の紙漉きの型のサイズで、現在まで、連綿と全国で守り継がれている。海苔1枚で、ちょうど海苔巻き1本が作れるなど、海苔のサイズが、食文化にまでなっているのだから面白い。
「絶妙なサイズですよね。巻き簾の大きさだってそこから決まったのでしょうし、江戸の知恵には頭が下がりますね」とトモさん。

佐賀海苔の歴史

上:食べ比べて、海苔のグレードと食感や、焼く前と焼いたあとの味の違いを説明する社長の川原さん。下:右は焼く前、左は焼きあげたもの。それぞれ旨みに特徴がある。

日本人と海苔の関わりは、神話の昔に遡るほど古いのに、佐賀海苔の歴史は実は60年余りと、意外にも新しい。なぜなら、佐賀県には天然の海苔の胞子が存在していなかったから。ところが近年の生産量は、質量ともに全国一位。海苔を育てる漁家は千人を超え、佐賀県の基幹産業にまでなっている。これは、有明海の恵まれた漁場環境と海苔を育てる漁家と漁協との協力の賜物だ。
有明海がなぜ、海苔の養殖場として優れているかというと、佐賀県と福岡県の境を流れる筑後川から流入する真水が、汐の流れにのって左回りで佐賀県のほうへ流れつくため、有明海のなかでも、佐賀県側の塩分濃度が低く、そのため、甘みの強い柔らかい海苔ができる。またその水は、山の恵みのミネラルを豊富に含んでいるため、海苔の旨みも増すというわけだ。このミネラル分のおかげで、有明の海苔の色味は、赤味のあるあめ色がかった漆黒となる。
ところで、何をもって美味しい海苔というのだろうか。一般的には、「口溶け」「香り」「あと口」で決まると言われている。香ばしい磯の香りはもとより、ふわりと口の中で溶けてなくなり、あと引きの味にどれくらい甘みが残るか…。海苔漁家も海苔メーカーも、そんな理想の海苔を目指して日夜励んでいるのだ。

左が海苔漁家の川崎さん。右が社長の川原さん。三福海苔本社のショップの前でパチリ。

ワインにも匹敵する、海苔のテロワール

海苔網が7~8kmにもわたって続く景色は、冬の有明海の風物詩だ。なんとも風情がある。しかし、海苔漁家の現実は過酷だ。いくつもの区画に分かれた漁場のどこに網を設置するかで、海苔の品質も収量も全然違ってくるのだという。日照条件や海流に影響されるというそれは、ワインの畑が1m単位で区画されているかのようだ。にもかかわらず、最重要ポイントである場所決めが、毎年組合の中のくじ引きというのだから、公平とはいえ厳しい。

海苔は入札制度で価格が決まる

完成した海苔は10帖ずつ結束して、入札会へ出荷される。

また、海苔が他の作物と大きく異なる点に、入札制度が挙げられる。全国の業者が一斉に約1000種類の海苔に値段をつける入札制度によって取引きされる。一番高い値段をつけた人が買うという仕組みだ。信じられない話だが、その昔は見た目だけで等級を判断したのだとか。現在は実際に食べて、香りや食味、食感などを、総合的に判断する。しかしながらその評価は、組合単位のもので、個人に対するものではない。「作り手個人をもっと評価するシステムを作れば、モチベーションが上がり、海苔の品質も向上するはず」と、川原さん。確かに、その通リだ。

上左:すし処「つく田」で出される味噌汁。香味干しが、磯の風味を運ぶ。上右:香味干し。海苔の旨みがギュッと詰まっている。下左・右:貴重な生海苔を楽しむトモさん。

三福海苔ならではの個性

三福海苔では、最高グレードの板海苔作りはもちろん、独自の製品開発にも力を入れている。海苔メーカーも、「個性を打ち出していくのが、これからの時代を生きる道」というのが、川原社長の考え方だ。
そのひとつが、各方面の料理人から高い評価を得ている、前述の「香味干し」。採取した海苔をミンチせずに、そのまま乾燥し、焙煎させたものだ。旨みが流れないから、味が濃い。「つく田」のみそ汁のほかにも、「分とく山」の名物「鮑の磯焼き」は、香味干しをたっぷりトッピングして、上火でさっと焼いて香りを立たせた料理。鮑の餌が海藻であることから思いついた野﨑さんの不朽の名作だ。ほかにも、国籍を超えた美味が人気の「山田チカラ」では、朝食膳の定番に。「さっそく明日から味噌汁にふりかけてみます」とトモさんも張り切る。
そして、もう1点のとっておきが「生海苔」。これは採取した海苔を洗浄しただけのもので、もずくのようだが、もっと磯の香りが強い。ただ、日持ちがしないので、極寒の時期以外は冷凍保存で、売り切れごめん。昭和の美食家・池波正太郎氏をして、"海苔は生海苔が最高" と言わしめた珍味。「牡蠣と合わせてぽん酢をたらしたら絶品ですね」と試食をしながら相好を崩すトモさん。残りわずかな冷凍を送ってもらう密約(笑)も成立し、ご満悦だ。

渾身のレシピに乞ご期待!

生海苔

 

香味干し

   
↓   ↓    
     

生海苔と蟹の雑炊

 

香味干し海苔としらすの
チーズトースト

 

 

三福海苔

佐賀県佐賀市川副町犬井道1672
tel 0952-45-0039
www.noridouraku.com


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