中里太郎右衛門窯

- Karatsu-city, Saga

唐津焼を巡る旅は、古唐津の系譜を受け継ぐ「中里太郎右衛門窯」から始めたい。唐人町にある「太郎右衛門陶房」の格調高い門をくぐると、背筋がぴんと伸びる。すぐに目に入るのが、大正13年まで実際に使用されていたという国指定史跡、唐人町御茶盌窯跡だ。代々の当主や陶工の作品がこの窯で焼かれてきたのだと思うと感慨深い。

中里家の歴史

上:1961年に建てたれた、風雅な数寄屋建築。続いて、1967年に新館が竣工した。漆喰の壁に歳月の重みを感じる。  下左:亨保19年(1734年)に坊主町に移された御茶盌窯。大正13年まで、実際に使用されていた、太郎右衛門窯の象徴的存在。
下右:展示館(旧館)と新館、2つの建物をつなぐ渡り廊下。

まずは、十四代に及ぶ中里家の歴史を紐解いてみよう。前述の通り、唐津焼のおこりは、唐津の岸岳の陶工たちである。中里家の初代・又七は、唐津焼が隆盛を極めた文禄年間に、伊万里市大川町に田代窯を開窯し、岸岳直系の古唐津を作った。そして元和初期に、当時の中心地であった椎の峯窯へ移り、藩主であった寺沢氏の御用窯を務め、以降、その庇護のもとに、唐津焼の本流として伝承の技を受け継いでいく。初代又七から数えて5代目が現在の唐人町に開いた御茶盌窯が、14代の今日まで守られている。
また、長い歴史のなかでも、12代は、古唐津の衰退期以降、現代にその魅力を広く再認識させた不世出の天才といわれ、近年の唐津焼への憧憬をゆるぎないものにしたことで名高い。

上左:柔らかな土味の、14代作の唐津井戸茶碗。 上右:鉄絵の具で文様を描いた14代作、絵唐津茶碗。 下左:茶碗一つ一つから発せられる力を感じ取りながら鑑賞する長尾さん。 下右:14代作、唐津粉引き茶碗。

代々の当主の作品と窯の商品

館内は、12代以降、当代の14代までの作品を展示する新館と、窯の作品が購入できる展示館(旧館)の2つの建物から成り、その間を日本庭園を見下ろす、風雅な渡り廊下がつないでいる。 新館の荘厳な空気のなかに、代々の当主の茶碗が展示され、柔らかな土味の中から立ち上がる凛とした気品にうっとりさせられる。「いつまでも眺めていたいようですね」と長尾さん。
また、展示館には、熟練の陶工たちが作る器が所狭しと並んでいる。絵唐津の皿を一枚一枚見ていくと、もちろん手描きだから微妙の差異はあるものの、その仕事の安定感に、今さらながらに目を見張る。
「やっぱり違いますねえ。手にとると落ち着きます。技術や仕事の確かさが、格の高さにつながっているのですね」と長尾さんも関心しきりだ。

上左:現在の窯場で使用している登り窯。
上右:成形されたあと、絵付けや、釉薬掛けを待つ器たち。
下左:叩き成形の時に用いる叩き板。
下右:彫三島に使う印判。

御茶盌窯を見学

母屋の裏の小径を抜けると、5分ほどで窯場にたどり着く。窯まで続く石畳の美しさには、しばし足をとめて思わず見とれてしまうほどだ。陶房では、何人もの陶工たちが、黙々と作業を続けている。唐津焼の製作には欠かせない牛べらなどの道具がきちっと整理されて置かれている様子に、伝統が守り受け継がれていることを、素人目にも感じるのだ。

左の浅鉢は、藻や葦などを描いた草文。右のやや小さい平皿は松紋。どちらも代表的な図柄。

盛りつけ後を見る

中里太郎右衛門陶房

佐賀県唐津市町田3-6-29
tel 0955-72-8171
homepage3.nifty.com/tarouemon/main.html


ページトップへ戻る

Follow us!